午前8時、分娩室で「もう頭が見えているので出します!」と宣告された瞬間、一気にスタッフが5人くらい駆け込んできた。一人のお産にこんなに看護師やら助産師がついてくれるとは思わなかった。さっきまで夫と助産師の3名しかいなかった部屋が急に騒がしくバタつき始める。
いざ出産のために仰向けになるものの、いきみが弱くなり再度横向きに。続いて四つん這いに。早く終わらせたい一心で、体の痛みは無視してとにかく指示されたとおりに動く。結局横向きが一番陣痛が強くくるらしくギリギリまで横向きで陣痛をピークにもっていくことになる。妊娠中ずっと寝ていた体勢だったので、なんだか身体が覚えているみたいで個人的にはしっくりくる。
女医が到達しいざ出産。サバサバした美人で心のなかで戸田恵梨香と呼ぶ。
来てすぐにいきみのタイミングで指を突っ込まれ、股を下に引っ張られる。これがドチャ痛い。しかしながらさっきまで「陣痛が逃げちゃいましたね〜」となあなあだった空気が一変し緊張感が走る。この女医の「5分で終わらせてやる」というあっさり感とスピード感が非常に頼もしい。一気に信頼が爆上げする。あなたのために早く終わらせますという気持ちさえ芽生え始める。
けれど赤子の脈が下がり始める。
もしや吸引分娩ではとこんな時まで保険金の算段をしていた不謹慎極まりない私であったが、次のいきみで問答無用で会陰切開し指を突っ込まれ赤子が引っ張り出され無事王道の自然分娩となった。すぐに赤子の泣き声が響き、場が一気にお祝いムードに変わる。
でも母体はそれどころじゃない。
切られた会陰以外にも膣内も切れているらしく、そのまますぐに縫われ始めたのだが、麻酔が効かずにとにかく痛い。股間を生で直接縫われる生き地獄を味わい、赤子の泣き声に負けないくらい泣きわめく。陣痛も出産も泣かなかったくせに、股を縫われて泣く女である。麻酔を追加してもらうもなかなか効かない。点滴に痛み止めを投薬されても効かない。縫われて糸が体内をぎぎぎと通過する感覚がリアルに伝わってくる。ラスト5針になってようやく感覚が鈍くなってくる。後から聞いたが酒に強いと麻酔の効きが悪いらしい。ここに来てそんな体質知りたくなかった。
知らぬ間に右腕にも点滴が刺さっていて、それがまた痛い。その後今度は胎盤を出すようで、いつ終わるんだと打ちのめされる。ようやく全てが終わり、ほっとしたのと同時に、何とも言えない脱力感が襲ってきた。
助産師いわく初産にしては7時間という「スピード出産だったね」という評価をいただき、とりあえず喜ぶ。とにかく最初から最後まで割と健康体質だったのは確か。しかしながら体力不足と貧血がたたり、脈拍が160から一向に下がらず。様子見するためにしばらく分娩室で2時間ほど、赤ちゃんを腕に乗せたり食べそこねた朝ごはんを食べたりして過ごす。笑うと空っぽになった腹がぽよんぽよんと揺れる。出てきた赤子を横目にこんなに大きなものが中に入っていたんだと、しばし不思議に思う。でも、それでも可愛いとか愛おしいとか、そんな感情は湧いてこない。赤ちゃんは水っぽくて、正直エイリアンさながらで。観察してみると髪の毛は意外と生えていて、手足の指が長い。顔は、どっちに似ているのかさっぱり分からない。強いて言うなら失礼ながらガッツ石松。他の赤子と並べられたら区別がつかないことは必至。既に目は開いている。3キロは意外と重い。母乳は眠くて吸ってくれず。とりあえず添い寝だけでもしてみる。
一緒に過ごしていくうちに、きっと母性が湧くのかしら。
妊娠したら母になるのだと思っていた。産んだら母になるのだと思っていたけど。結局メンタルは何も変わらず。自分の体内から出てきた異なる生物を「取り扱い要注意!責任重大!死なせたら世間的に自分も死ぬ」というリスクだけを背負った気がする。今はまだ。
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