妊娠記録<妊娠5ヶ月16週〜19週>

妊娠話

「安定期」という言葉には、なんともありがたみのある響きがある。「安定」という二文字だけで、心の平穏と身体の順調さを両手に抱えて運んできてくれる…そんな気がしていたのだが、現実はというと、むしろここからが本番だった。

安定するのは胎児とつわりだけで、私の身体は安定どころかより急激に変化していった。

体調の話をすると、まず低血圧・低血糖。これは妊娠前からだが、これが悪化していった。お腹も順調に前へ前へと育ってきて、その分、膀胱への圧に拍車がかかり頻尿が加速した。ちょっと歩くだけで息切れするし、立っても座っても歩いても、長時間活動しているとなにかしらしんどい。お腹が張るという感覚も分かるようになり、張りが続くとだんだん痛みに変わってくるということも分かった。そのためいつも出社帰りは最寄り駅についた時から、脇腹を擦りながら前かがみになってトボトボ歩いていた。

優先席にはあまり座れた試しがない。

「譲られないよ」とは聞いていたが、平日の通勤時間帯は本当に譲ってくれない。というより、その時間帯に優先席に平然と座っている健常者はもとより”普通”の感覚ではない人が多いように思えた。むしろ人の流れで優先席付近に行けず、普通席側で立っていたほうが積極的に譲ってもらえた。

思い返せば私も妊娠前は優先席付近には近づかなかった。譲らなきゃいけないという確認を1駅毎にするのがめんどくさかったからだ。でもそれは「優先席は譲るのもの」が前提にあるからでもある。そう考えると普通席に座っている人のほうが弱者に対する配慮ができる可能性が高いのかもしれない。でもそれはそれで「弱者なら優先席の方に行けよ」と思われてるかもと謎に怯えて、普通席側に立ってしまった場合にはあえて妊婦マークを鞄の中にそっと隠したりもした。

そんな訳で毎回ことごとく座れないため、お腹が出始めてからは押しつぶされないようにいつもより1時間早く起きて6時や7時の電車に乗って出社をしていた。

食べるとお腹が張るようになり、医者からは「お腹がいっぱいになると張る傾向なので、一度に食べる量を控えて、こまめに分食してください」と言われていた。けれど、そんな繊細な食事術を私ができるわけもなく、気づけば定食を最後まで食べきろうと腹10割を達成してはお腹が痛くなるということを繰り返していた。

そんな不調続きの中、思い出深いのは毎年恒例のディズニークラシックコンサートに行った時だ。

音楽に癒されるひとときになる…はずが、途中から頭の中はトイレのことしか考えられない。「あと何曲だっけ?」「近くのトイレはどこ?」。1部の演奏が終わった瞬間、アナウンスが流れると同時にトイレに猛ダッシュした。並んでたら安堵で漏れそう。無事にすぐさま個室に入り、用を済ませてさあ帰ろうと思ったそのとき、私は思った。「いや、待てよ…もしかしたら…いったんもう一回トイレに座ってみよう」と再び便座へと戻る。残尿感の勘違いかと思ったが、またしてもちょろちょろっと尿が出て、もう自分の膀胱が信じられない。「大丈夫だよね?もう大丈夫だよね?」と不安しかなく、2部のコンサートも終始心のどこかで膀胱バロメータを心配していた。

結論、「もう映画もコンサートも、産むまでは行かん!」と心に誓った。

しかも、コンサートの最中は「みなさん立って盛り上がりましょう~!」という謎の一体感タイムがあるのだが、私にとっては地獄タイム。1曲分立つのはしんどい。だから立たずに座り続ける。でも周囲は総立ち。気まずさの極み。そんなとき、私はカバンにつけた妊婦マークをこれでもかという位置にグイッと移動させ、「私はこういう事情で座ってるんですよ」と無言のアピールを全力でしていた。

また別の日には展示会に行った。のはいいのだが、1時間立ちっぱなしで眺めていたのが仇となり、帰り道ではお腹がガチガチに張ってきつきつと痛み始めた。痛くて前かがみで歩く羽目になり、それならどこかのカフェでも休憩すればとも思うが、横にならないともう治らないところまで痛んでおり、とにかく家に向かって這って帰った記憶がある。

またまた別の日には、通勤の電車中に低血糖症状が出て視界が真っ暗になった。あの、夏の蒸し暑い日によくめまいが起きていたあの感じ。季節は冬、空は快晴、なのに意識は曇天。冷や汗で一気に前髪も服もびっしょりになり、動機は激しく、頭がぐらんぐらんと揺れる。なんとか倒れる前に電車を降り、フラフラで駅員さんに「すみません…し、しばらく…横にならせてください…」とお願いして、駅の休憩室でしばしダウン。落ち着いてから会社に「遅刻します」のメールを送る。情けなさと疲労で涙が出た。その後病院で「妊娠中はお腹に血液を持っていかれてるから、脳や体に血液がまわりにくくなってる」と言われ、「なんだその新情報…!」と驚く。そして私は学んだ。飴と水筒を常に持ち歩くという小学生のような対策を。

この頃の私は、日々“できなくなっていること”を突きつけられる日々だった。身体が変わっていることを、自分自身が一番わかっていなかった。行けるだろう、できるだろう、と今まで通り何気なく動くたびに、「妊婦の身体じゃ無理でした〜!」と張り倒されて凹む。なんなんだほんとちくしょう。

「安定期に入ったら最後に旅行にでも行こうか」なんて夫と言っていたのが懐かしい。無理。1ヶ月前の方がよっぽど行けたわ。

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