妊娠記録<妊娠4ヶ月12週〜15週>

妊娠話

妊娠が発覚してからというもの、感情のジェットコースターに乗って毎日を駆け抜けている。

いや、駆け抜けてなんかないな。ズルズルと底辺を這いつくばり、たまに上を見上げて浮上し、またすぐに顔面から突っ伏して落ちていく。けれどそれでも前に進んでいるような気がするだけの日々。

そんなつわりと妊娠の不安葛藤に悩み苦しむ中、とうとう「出生前診断」を受ける日が来た。

もともと子どもが好きではない夫と私。どうしても親になりたい!という情熱的な理由で子どもを望んだわけでもない。どこかに「人生の次のステージとして、まあ一応…」という、まるで会社で言うところの“昇格試験”くらいの温度感だった気がする。

でも、妊娠したからにはちゃんと向き合わなければならないわけで、もしも障がいがあると分かったときに、はたして自分たちは健やかにその子を育てる覚悟があるのか? という問いに、私たち夫婦は頷けなかった。自分の残りの人生全てを投げ出してでも、子育てをする気概がなかった。だからこそ、診断をして、もし問題を抱えている場合には一目見る前にお別れをする。夫婦会議、即答、全会一致。

しかしこの選択は、いろんな考え方があることを重々承知している。SNSで軽々しく発言すれば、速攻炎上確定だろう。けれど私の大叔母(祖母の妹)に知的障害があったこと、学童保育にダウン症の子どもがいたことは、子供時代の私に相当なインパクトを与えた。そういう人達を否定している訳ではない。そういう人達に寄り添う側に自分は立てないだろう、ということだ。

検査方法にはいろいろあるが、最終的に選んだのは「超音波検査」。理由はひとつじゃなくて、3つも4つもある。

まず、検査的中率。どの検査方法においても「陰性」って言われて外れる確率はほぼないため、とにかく「陰性」と言われたもん勝ちなのである。仮に「陽性」と言われた場合、その「陽性」判定が本当に当たるかどうかがまばらなため、「陽性」判定の場合には追加で課金して検査しようということにした。

次に、値段。NIPT(新型出生前診断)は10万円越えの高級コース。血液検査だけで済み、「陽性」判定が出た場合の的中率も高いため、最も望ましいものの、今後出費の嵐が待っていることを考えると、さすがに即決できなかった。それに年齢や身体的にも、実際はそこまで不安視する要素がないため、数万円ですむ超音波検査を選択した。

3つ目は、検査項目。NIPTは遺伝子検査だけど、超音波検査は外見から判定する。その際にトリソミーの特徴だけでなく身体や内臓の欠損や異常も見つけてくれるという点がよい。万が一異常が見つかった場合には出産後すぐに対応できるよう病院側で準備できる、というのが良かった。

4つ目は、担当医がこの道に通ずるベテランで、エコー界のゴッドハンドと呼ばれている(かもしれない)ということで、エコーでも十分だろうという信頼感。

で、検査当日。

「1時間じっくり見ます」と言われた時は、一瞬「えっ、そんなに“突っ込まれる”の!?」とびびっていたけれど、エコーはいつもの膣挿入ではなく腹の上から見るようでホッとした。モニターに映る、まだ形になりきらない我が子。エヴァンゲリオンのアダムみたい。これが人間になると思うと、なんとも不思議な気持ちになる。

じっくり観察し、診察結果は「問題なし」で終了。

予定調和に終わりホッとして、調子に乗って帰りにコンビニで食べたいもの買ってるんるんで帰った。

ところが夜7時。クリニックから着信がくる。

「今日のエコーを振り返っていたのですが、角度が悪くてうまく見えなかった部分がありまして…ちょっと鼻が低いかもしれない可能性もあるので、念の為再診をさせてください」

え、嘘でしょ。嘘だと言って。

あれだけ「もしもの場合はお別れも」と決めていたのに、いざ「可能性があります」と言われると、衝撃で打ちのめされた。『堕胎 12週 方法』で検索し、調べきれていなかった堕胎方法に背筋がぞっとする。私、こんなの本当に耐えれる?リアルすぎるブログやSNSでのレポに涙が止まらない。スマホの画面がぼやけて見えない。だめかもしれない、今お腹にいる子が、だめかもしれない。

その1時間後、地元にいる母から電話がくる。

「お父さんが心臓病で救急車で運ばれたの」

なにそのダブルパンチ。まだ妊娠の報告すらしていないのに、孫を見る前に父がいなくなる未来が一瞬よぎる。電話越しの母はパニックになっており要領が悪く、話が見えてこない。震えながら父にメッセージを送り、返信が来るまでの時間が永遠に感じた。もしかして、返ってこない、のかな。

数時間後、「手術は成功。今入院中。回復したら復帰できるよ」と短い返信。その一文で、固まっていた全身の力が一気に抜けた。知りたかったことが全て詰まっている。どっと疲れた。

そして翌日。再検査。月曜日だったので仕事は休んだ。

鼻だけ見えればいいため、すぐに終わるかと思いきや、腹の中の胎児は我関せずで今日も体制がいまいちらしい。なぜなんだ胎児よ。

結局「ちょっとこの向きじゃやっぱり見えないので、1時間後にもう一度見させてもらえますか?」と外出命令が出る始末。やることもなく、カフェに行くでもなく、胎児の体制を動かすべくうろうろと本屋を歩きながら「私、いったいどうなるんだろう」とぼんやりする。

戻って再度のエコー。「……あ、見えました!問題ありません。ちゃんと鼻ありますね!」

先生のその一言で、世界がパッと明るくなった。あ〜〜〜良かった。もう、鼻でも指でも耳でも、全部見せてくれ。なんでも確認したい。こんなにも、健康な子どもが宿ることって奇跡なんだ。舐めてた。舐めてたよ全部何もかも。

その夜、両親にテレビ電話をかけて父の回復を喜んだあと、ようやく妊娠を報告。

「春に孫が産まれるので、死なないでください」と言ったら、母が「えぇ〜!本当に!?おめでとう〜!!」と甲高い声で叫び泣き出した。父も驚きであんぐりしている。まあ昨日は父が死にかけて今日は孫が産まれるって言われるんだから、感情の乱高下も無理はない。

ちなみに、その検査で性別も判明。「男の子ですね」って。

えっ、男?うそ、女じゃないの?夫は女家系の奇跡の男として産まれ、私は一人娘。お互いインドアで趣味が女性的でもあったので、周囲も自分たちも当然のように「生まれるのは女の子」という空気だった。しかももう、お互いの名前を1文字とって組み合わせた女の子の名前まで決めてたのに…!

まあ若干エコー見た時から気づいてはいたんだけどね?SNSで「性器ができていなくても尾の向きで性別が分かる」という情報を得ていたので、映し出される胎児を見て「あ〜…、あれ、これ、もしや」と思っていたのが、まさにもしやだった。

いやでも、あれだけ心配して泣いて怯えて、「障害があったらどうしよう」って絶望しかけて、そのあと「鼻、あったよ」って言われて泣いて、…もう性別なんて、元気でいてくれればそれでいいや、って気持ちになるよね。

とはいえ、これから先「女の子だったらなぁ〜」と思う瞬間が山のように訪れることは、まだ私は知らない。いや、うすうす分かってるけど。

コメント

タイトルとURLをコピーしました