妊娠記録<妊娠7ヶ月24週〜27週>

妊娠話

切迫早産——そんな予兆がまさか自分にも訪れるとは。

事の発端は土曜日、久しぶりに会う友人とのカフェタイムだった。

年末年始どう過ごしただとか、胎児のエコーの写真が私に似ているだとか、そんな他愛もない話で大いに盛り上がった。完全に、はしゃいでしまった。テンションは上がり、喋る、笑う、トイレ行って戻ってまた喋る。1,2時間会う予定が気づけば4時間も経っていた。その帰り道、案の定今の私に座りっぱなしは禁物であり「あぁー、お腹張ってるなぁ…。」と痛む腹を擦り擦り帰ったのだった。

でもまあ、以前から疲れたり立ちっぱ座りっぱだとすぐ張るタイプだったので「いつものやつ」と思い、その日はそのまま寝てしまった。しかし翌日になっても痛みは消えず…。日曜日をずっと横になりながら過ごすことになり、あれ、これ…ちょっとヤバいかも…?

月曜日になってもまだツキツキとお腹が痛むため、念の為クリニックに相談しに行くことにした。1ヶ月前から常に予約でいっぱいのクリニックのため、「空きがあれば行きたいんですけど〜」と消極的な私の申し出に対し、「仕事は調整できますか?とにかく今すぐ来てください」と強めに言われてちょっとビビる。あれ、そんなに深刻…?大げさに伝えちゃったかしら。

とりあえず急いで会社を抜けて病院へ向かうと、私の姿を見るなり「こちらへどうぞ」と予約患者を差し置いてスルスルと診察室に通される。なるほど、朝イチの予約で来ても1時間待たされる仕組みは、私みたいな急患のせいだったのか…。毎度内心どころか表情や態度で思いっきり文句たらたらだった己の矮小さを思い知る。各方面へ申し訳ない。

NSTをつけてしばらく観察。すると助産師さんからまさかの一言、「弱い陣痛が来てますね」。

…え?陣痛?これが?

「え、この張りが陣痛なんですか?」
「そうですね。弱いですが波があって定期的に痛みが来ているはずです」
「波…、ですか。あんまりわからないんですが…」

その後診察も行うと、頸管長もどうやら短くなっているらしい。「切迫早産の傾向が見られるため、分娩を予定されている大学病院に今すぐ行ってください」と言われ、夫が呼び出され、分娩予定の病院へタクシーで搬送される。歩いて5分の近さなのに。

大学病院で再検査したところ、頸管長の長さ的に入院は免れた。が、自宅安静が言い渡された。

「それってテレワークでの仕事はいいんでしょうか?」
「いいですが、お腹が張ったらすぐに横になって休憩し、治ってから再開してください」

いやいや、無理でしょ。そんな悠長な仕事してない。1日に何度か締め切りがある仕事なので、痛むからどっこい休憩ですなんてしていたらまともに仕事を処理できない。タイピングも割とメインなため、横になりながら仕事は非効率すぎる。何より今までの経験上、痛んだら最後数時間は横にならないと治らない。

でも少しでも無理すれば陣痛が来て、頸管長が短くなって、最悪入院だし、もっと最悪の場合早産になる。早すぎる。生存はするかもしれないが、障がいが残る可能性もある。残り2ヶ月(しかも年度末)の仕事を投げ出すか、一生に渡って障がいを抱える子どもを産むか、どちらのリスクを取るべきかは分かりきっている。でも直面しているのは眼の前の仕事だ。でも分かりきっている。でも社会人として情けないし周りのメンバーには申し訳ない。けれど今頑張るのは違う。でもでもけれど、ばっかりで気持ちの整理ができていない。

想定より仕事を抜けた時間が長くなったため、上司に診察結果と共に報告をする。情けない。迷惑かけちゃう。今まで順調だったのに。既婚適齢期の女は採用するんじゃなかったって、やっぱり思われちゃうかな。せっかく昇進の話が出たのにな。今抜けたらあれもこれもどれも中途半端で、チームの負荷がえげつなくなる。あんなにお世話になったのに。

けれど上司やメンバーは私より全然人ができているというか、心構えがあったというか。

「仕事は誰かが何とかするけど、お腹の赤ちゃんを守れるのはあなただけだから、大事にしてね」と言われ、優しさに泣けた。私はこんなに自分の評価ばっかり気にしているのに、これから巻き込まれ事故で大変になる人がそんな温かい言葉を投げかけてくれるなんて反則だ。

よし、こうなったら皆の応援を受けて全力で自宅で安静にしよう。絶対に切迫は避けて通る!

というわけでまさかの2ヶ月前倒しで産休に突入することとなった。

初日は申し訳なさから罪悪感が勝った。

今頃皆締め切り大丈夫だろうか。引き継ぎはできているだろうか。取引先に迷惑をかけていないだろうか。個人的なメールが来たら返せないけどどうしよう。お腹の張りは引いてきたけど、いつまた痛くなるんだろう。

けれど2日目になり、いきなり自分が置かれた状況をはっきりと理解した。

え、合法ゴロゴロ?ずっと横になっていることが正義だなんて最高の極みじゃん!今日も明日もあさっても仕事休み!?永遠に寝転がって漫画でもYoutubeでもNetflixでも見て過ごせばいいのよね?よ〜し、24時間暇なんだから、Udemyでも見てリスキリングしちゃうぞ〜!100日後に子どもを産む女としてなにか成し遂げるぞ〜!

そして3日目にして、現実を知った。

やれることが、ない。読書しようと思ったら腕が疲れる。スマホも長時間見てると目と腕が死ぬ。寝ていると言ってもベッドに座れる訳ではなく、本当に右下横向きの体制でほぼ固定なため、何をしても体制がきつく30分以上続かない。それに何かしようにも、身体が「動くな、寝ろ」と命令しているのか、インプットもアウトプットもできないぽやぽや脳になっている。難しい本が入ってこない。勉強動画も聞いた傍から抜けていく。というか寝る。娯楽の芽を摘まれた状態で100日耐久ゴロゴロ生活なのか。マジか。

とにかく終始ぼーっとしている。そんな中、ふと我に返る。

「え、私って今、何のために生きてるの…?」

自分のやりたいことができない。脳も身体も今までの自分じゃない。自分の時間しかないのに、自分のための時間じゃない。そう、全部赤子のためだ。単なる母体としての機能しかない。不具合を起こしている赤子のゆりかご。私は今、赤子を無事にこの世に出すための、生きる培養槽。動けぬ自我を持った培養槽。それならなにも母体でなくても、人口培養槽を外部に作ったほうがよっぽどいいのでは?とSFめいたことを思うが、現代ではそれがいわゆる早産なためそうもいかない。

こうなるとまた何不自由なく犠牲も払わず生きている夫がまた恨めしく思う。なぜ私だけ。なぜ女だけ。自由を奪われ苦痛を与えられ命をかけて赤子を産むのか。生命体として平等ではないのに、社会的には平等に扱われる。本当にそうか?昔は稼ぎは男、家事育児は女、という分担だったが、今は男女関係なく稼ぐ。女性の社会進出とか言うが、そうじゃなくて単純に女も稼がないと生活がどんどん苦しくなるだけ。それでも出産は昔と変わらず女だけがする。それなら今の時代に男だけが背負っているものはなんだ?

「女性だから」と差別してほしくないだけ。区別はしてほしい。「女性だから」と理不尽な目にあったり機会の損失はしたくないだけ。配慮は欲しい。人権としては平等でも、人体としては違うじゃない。

腹が立つ。こんなにダラダラして過ごしているだけなのに、謎にイライラする。けれどストレスは許されない。とにかく今の私の最大のミッションは何が何でも“胎児をお腹から出さない”ことなのだ。胎児はまだ750g。出ちゃダメ、絶対。ここで出したら出生前診断やった意味が薄れてしまう。

というわけで、私はこの時期、皆に応援されながら全力でずっとベッドの上にいた。ただのゴロゴロじゃない。これは使命なのだ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました