寝て、スマホ見て、ゲームして、本読んで、また寝て…。
これが現代社会の堕落した人間の象徴、と言えるくらい生産性のない日々である。
「自宅で安静にしてください」と医者から言われて数日、「やったー!公認ゴロゴロタイムだ!動けないと言っても子どもが産まれる前の最後の貴重な時間だ!有意義に過ごすぞ〜!」と有頂天になり軽くガッツポーズを決めた私だったが、1週間も経たないうちに“堕落”という言葉を体現する存在になっていた。
午前中は寝て、スマホを30分触ったか触ってないかくらいでまた寝る。午後も寝て、ちょっと本を読もうかと思いつつ寝落ちする。夜になり、また寝る。ところが深夜になると寝られない。完全に昼夜逆転の生活となっていた。
こんな生きる培養槽の私であったが、安静にしていたおかげでその後はトラブルなく、胎児はすくすくと育っていた。胎児は毎日日付が変わる時間帯からお腹の中で活発になり、足を伸ばして回転しているのかやたら気持ち悪い動き方をする。当初、胎動というと「ん?腸がグルグルいってるような…?お腹こわしたかな?おならかしら」と思えたくらいの症状だったが、今ではすっかり腹ごとボコボコぴくぴくと動いている。
胎動は「胎児が生きている証」としてホッとすると同時に、お腹の中に自分以外の謎の生命体がいることがエコーを通さずともハッキリと分かることでもあり、今更ながらおぞましくもある。何かがいる(いや、赤子なのだけれど)。寄生虫のように私の身体を乗っ取っている(いやいや、赤子なのだけれども)。
とにかく寝たきりの私であったが、ささやかな日常も確かにあった。
子供の頃から積読だったムーミンシリーズを全巻読破したり、Youtubeに触発されて大量にグミとドライフルーツを楽天で買ったり、メロンソーダの原液を見つけてクリームメロンソーダ作りにハマったり、サブスクで英語の絵本を読んでみたり、ミスド祭りを開催したり、友人に勧められてペントハウスを倍速で一気見したり、しゃがまず生活できるように洗濯物を全てハンガー収納にしたり。
見事にろくでもないというか、しょーもないというか、生産性も有意義もあったもんじゃない。けれどそれでもできる範囲で自分の好きなこと、したいことを少しずつ消化していった。産まれてこの方(生後8ヶ月から保育園に入った時から)こんなにすることがない長い日々を過ごすのは初めてだ。私がいる寝室だけが、時間がゆっくりと流れ、社会とハッキリ断絶している感覚があった。
そんなぐうたらで培養槽廃人と化している私を見かねたのか、夫が「車を買おう」と言い出した。
都心部のマンションに住んでいることもあり、今まで徒歩や電車で全て事足りていた。アウトドアでもないためことさら車を必要には思えなかったが、夫は子育て中に車があるメリットや、実は車を購入する資金を実家から貰っていて貯蓄をしていたこと、車が好きで人生で一度は車を持ってみたかったことなどを明かし、私を必至に説得した。何より「寝たきりの私が少しでもラクに外に出られる」という名目がついたことで白熱した。
私としてはこんなにも熱弁する夫を見るのは久しくなかったため、「私は運転しないこと」「今後の維持費固定費も算出しFPに相談すること」「利用頻度が低い場合は数年で売ること」を条件に許諾した。ということで、彼の長年の夢が実現し、我が家に車がやってきた。
車を迎え入れた当日、さっそく夜21時にこれは私の長年の夢だったびっくりドンキーへ繰り出した。びっくりドンキーは地元でよく通っていたが、都内ではちょっと郊外に位置しており、なかなか行けずじまいだったのだ。愛するパイナップル乗せハンバーグとパフェを食べた時の極まりといったらもう。思わずいちごミルクまで頼んでしまった。この時ばかりは体重の増加なんて全く頭になかった。
ある日は、車に乗って閉店セール中のアカチャンホンポに向かった。それまでベビーグッズを全く揃えていなかったので、そろそろ本格的に用意するかと重い腰を上げたのだった。当然夫だけで行ってほしい気持ちではあったが、どうにも育児用品店に高いハードルを感じ気後れしている夫は、すぐに休憩を取ることを確約し私を引き連れて参戦した。
赤ちゃんファーストでベビーカーを手に入れる予定だったため、インスタの口コミと参照し「これがいいかなあ」と狙いを定めたベビーカーをお試しで触るはずだった。が、狙っていたベビーカーは店頭にはなく意気消沈。むしろそれ以外は実物を見ずとも買えるものばかりなんだけども…。私はカートを杖代わりにフロアを徘徊し、哺乳瓶、布団、保湿液などの消耗品をぽんぽんカゴに放り込んでいった。
一方の夫はというと、チャイルドシート売り場に足が釘付けになっていた。事前情報ゼロで現品限り特化の買い物に挑もうとしているため、必至に取扱説明書とにらめっこしている。「どれがいいか分からない…」そりゃそうだ。どれも似たり寄ったりなのに価格差は大きく、絶妙に売り文句が異なる。だからあれほど育児グッズを調べる必要があるよと言ったのに。結局「これが今の車に合うらしい」と取扱説明書に唯一対応車種を丁寧に記載していたCombiのチャイルドシートを抱えてレジに向かった。
ベビーグッズとして大手のブランドだし外れることはないだろうと思い購入したのだが、この浅はかなジャケ買いは痛い買い物となった。とにかくバックルが付けにくいのである。それに毎回シートベルトを緩める際、どこに指を突っ込めばいいか分からない。ダッフィーのぬいぐるみで予行練習をするも、何度やってもすんなりとは行かずめちゃくちゃに夫を責めた。
「だから調べとけって言ったじゃん!5万だよ!?使いにくいから買い替えようってレベルの買い物じゃないのは分かってたよね?ベビーカーとドッキングできるものもあるし、今セールだからって無理に買わなくてもいいって言ったよね!?」
この1件で夫は“口コミマニア”へと転生し、レビュー評価に少しでも陰りがあるベビー用品には見向きもしなくなるのであった。
すったもんだしつつも、そうやって少しずつ赤子グッズが家に集まり始めると、いよいよ現実味が湧いてくる。あと2ヶ月後には、このポコポコ動く物体が体内から出て1人の人間としてこの家で同居することになるなんて…大丈夫かな?
実感が湧くと唐突に今まで避けてきた(というか興味が湧かずに見てこなかった)育児について不安になり、ブックオフやAmazonで大量に育児本を購入した。「知らないことが不安」なのだ。知ればきっと大丈夫なはず。少なくとも不安ではなく「心配」に変わるはず。
これまで面白いとも興味深いとも思えなかった育児情報だが、ここにきてリアルに直面する問題であることから視点がガラッと変わりするする読める。育児本は読みやすいよう漫画が多かったのも利点だった。「ふむふむ、人類は多産するためにそもそも共同育児をする生き物なのか」「二足歩行×脳の発達でこんなにお産が苦しいし赤子は未熟なまま産まれるのね…」「語彙力発達のためには1日30分話しかける、と」「男の子は共感性が低く自分で体験しないと理解しない?マジか」「寝かしつけはコツがあるのね、なるほど」などと0才児〜ティーンエイジャーに至るまでとにかく幅広い育児本を読み漁った。
そして気づいたのだ。
私は時間制限付マルチタスク型のアクションゲームはほとほと苦手だが、作業だけの育成RPGゲームに関しては割とハマる傾向にある。ならばリアル育児もポケモンを育てながら冒険する感覚でやればいいのかもしれない。レベル0の赤子を育て、“沐浴”“母乳育児”“夜泣き対応”などのサブクエストをクリアし、◯ヶ月健診というジムリーグに挑戦する…。そう思うと一気に赤子というものが未知数な生命体から親しみやすいキャラに感じて、ちょっと気が楽になる。いやたぶん絶対そんな呑気なこと言ってらんないんだけども。
というわけで、今日もまた寝て・食べて・本読んで・また寝て、そして深夜に胎児と共に覚醒する。この時期は人生最長のお休み期間を、ひたすら安静に何事もなく過ごしていた。
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